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<ノベル>
外で降り続いている雨音。
それが静寂たる対策課の部屋に響いている。不意に、そのなかに雨音とは違う人の声が発された。
「刀を取り上げてしまえばいいんじゃない?」
黒い髪を一本に結いあげ、肩にかけた黒いチャイナ服にズボンという露出が少ないが、実に動きやすそうな服装のティモネが穏やかな笑みを浮かべてサムに切り出した。
「それは、相手からということか」
「あら……それ以外、誰がいるんですか? それとも、あなたが憎いのは刀ではなくて、手を下した持ち主?」
じっと、ティモネの目がサムを見つめる。
流し目であるためか、健康的な肉体に不似合いなほどに人を惹きつける艶さもある。彼女は、復讐に対して賛成ではないことは、その言葉で察することが出来るものだ。ストレートではないが、それでも最もいい解決の一つだろう。サムは一瞬、ティモネの強さのある目から目を逸らそうとしたが、すぐに見つめ返した。
「正直に言うと、そんな考えはなかった……だが、他者を傷つけるのは武器を使った者のせいだろう。そして、そいつは刀を持っている。セシルを殺し、俺をこんなふうにした真実はかわらない。……俺は復讐する」
サムはきっぱりとした口調で言い返す。
「ご立派ね、刑事さん」
ティモネの皮肉は、笑顔である分に強烈だ。自分が言うべきことを言うと、彼女は背を向けて歩き出してしまった。
「ティモネ」
彼女と親しい間柄であるレイが心配そうにティモネの背を見つめたがあえて止めようとはしなかった。
サムはこの場に集まった一同を見た。
「先に言っておくが、これは褒められたことでないことは自分が一番理解している。だが、やつだけは俺の手で殺さなくてはいけない……彼女のように、俺に賛成できないとしたら、今からでも降りてくれていい」
サムのあいている腕が不意に掴まれた。見ると、フェレニーだ。金髪に印象的な紫色の瞳をした見た目は八歳の少女だ。まるでアンティーク人形な姿に対してぱっちりとした目は瞬きせずに、冷たいほどにまっすぐにサムを見つめた。
「おじさんが、満足するなら私は邪魔しないよ」
「俺も協力するつもりだ」
侍姿の清本橋三がきっぱりという。その横にいる鎧の姿であるコーター・ソールレット、ロスはただ沈黙を守っている。
「私は、その村雨が気になるわ」
鬼灯柘榴が口を開いた。
深紅の曼珠沙華を咲かせた着物を着て、色白な彼女はひとの目をひく。今日の雨降りのために濡れた唐傘を片手にもっている。
「村雨がほしいと思っているのです」
「村雨を?」
「職業柄、そういう類を集めるのが趣味なものですから」
「趣味といっても、危険ではないのか」と、清本。
「使鬼にはいい餌になると思うので」
黙っているサムの困惑を見通したように柘榴は微笑む。彼女は、どのような罵りも文句も受けるしたたかな強さを持っている。
ティモネとは違う意味で、柘榴の微笑みは印象的だ。
ティモネがからりとした、どこかさっぱりとした強さゆえの笑みの雰囲気を纏っているのにたいして、柘榴のはまるで人の心のすべてを見透かした仄暗くも、人の負を魅了する笑みだ。
「協力しろと、それに」
サムが顔をしかめたのに、柘榴はあくまで笑みを湛えている。
「無論、あなたが破壊したいというならば、手伝いますがね。あなたが復讐を果たしたいというならば」
さらに柘榴は続ける。
「ならば、私を利用すると思えばよいのですよ。貴方の目的を果たす駒だと。もちろん、貴方の邪魔は致しません」
サムは神妙な面持ちで頷く。それが承諾という意味だろう。
「では、まずするべきことは」
「情報からだろう」
レイが即座に言った。
「事前に相手のことをリサーチしないと手のうちようがない。俺はそういうのは得意だ。剣については清本サンのほうが詳しいかもな」
ちらりとレイが清本に視線を向けた。
「いや、『りさーち』というものはしておいたほうがありがたい。戦うにしても、相手がわかっていなくては、やり辛い」
戦うにしても、妖刀を持つ相手であれば出来るだけ情報がほしいというのが本音だ。
「だったら、ならさらリサーチしとかないと、手の打ちようがない。それに相手の出るところやパターンも」
「相手の場所を特定したほうがいいでしょう。相手の情報でしたら私の使鬼がお手伝いできると思います」
「では、レイと柘榴に情報をお願いします。……すいません。ちょっと失礼します」
サムは指示を出したのち、青白い顔でよろよろと歩いていった。その腕をフェレニーが支えるように持って、歩みの補佐をする。
「さむ殿、大丈夫か、あれは」
心配する清本の横を誰よりもすばやくロスが動き、サムとフェレニーを追った。
残された者で自分のすべきことがあるレイと柘榴は、それぞれに動きだしている。
その隙に清本は横にいるコーターの鎧を指でつついた。
「……こーたー殿」
と、清本の顔は神妙に、手でかがむように示す。コーターも巨大な身を低くする。
「む?」
「さむ殿には悪いが……『てっぽう』の妨げごときで仕損じるとは、いささかおかしいとは思わぬか? まして、弾を弾くほどの妖刀の使い手がな」
「正直に申し上げると今回は村雨が気になっているのだ」
「うむ。それにな、先ほどの植村殿の言葉とさむ殿の言葉がよくよく考えれば食い違っている」
それは、サムが言った恋人の死についてだ。
殺されたとすれば、犠牲者のことを植村が言わないはずがない。だが、彼は事件のことを話すときに今回の犠牲者は、サムが重体だとしかいわなかった。
清本は植村の元に歩み寄った。
「植村殿」
「はい、なんでしょうか」
「さむ殿の恋人やらとの『ふぃるむ』か、死体はあったのか?」
その問いに植村は首を横にふった。
「こちらにはそういう情報はまったくはいってませんが……サムさんが言うことは現在、調査をしています」
「うむ」
フィルムも死体も、まだ見つかっていない。
「これは、使い手はもしかして」
サムはフェレニーに助けられて廊下のソファのところまで行き、ソファに腰を下ろす。
「すまないが、水を買ってきてくれないか? そこに自動販売機があるから」
「うん」
サムはズボンから財布を取り出し、フェレニーにそのまま差し出した。フェレニーが歩いていく。その背を見てサムは懐から薬を取り出した。
「痛み止めか、それは」
声にぎょっとしてサムは顔をあげた。ロスがじっとサムを見つめる。
「ロス……」
「それでいいのか」
ロスの言葉はまっすぐにサムに向けられる。
復讐を止めようというのではない。ただ口調には苛立ちが滲み出ている。ロスにとっては、復讐を望むサムの姿は、過去の己を見ているようなものなのだ。サムを見れば見るほどに胸に煮え切らない気持ちがこみ上げてくるのだ。
サムはロスをじっと見つめた。そして笑った。
「愛する者を失ったら、どうすればいいんだろうな。俺は刑事だ。正義は必ず悪を裁くと信じていた。今までそうして被害者の家族たちにいってきた。だが、実際自分がそうなってみてこのざまだ」
それを悪というべきなのか。ロスはただサムを見つめた。
「君の言いたいことはわかる。……もし協力してくれるつもりならば、止めないでほしい。この犯人だけはどうしても俺の手で殺さなくてはいけないんだ。誰よりもはやく」
「どうしてそこまで固執するんだ」
ロスの言葉にサムは苦しげに眉を顰め、小さく呻いた。
「大丈夫か……水を」
ロスが見るとフェレニーがちょこんと立っていた。その手にはペットボトルの水が握られていた。
「おじさん、大丈夫?」
「ああ」
「水、いるでしょう」
フェレニーがペットボトルを差し出す。手が不自由なサムにかわりにロスが受け取り、蓋を開けて差し出した。サムはそれを受け取ると痛み止めを飲んだ。
ロスはフェレニーを見つめた。まだ見た目は八歳の少女だ。こんな子が、これから起こるだろう過酷な事件に関与してもいいものなのだろうか。
「……今回は危険だぞ」
「私は子供だけど……普通の子供じゃないから大丈夫。それよりもおじさんのほうが心配」
フェレニーの紫の色の瞳がじっとサムを見つめた。サムは苦笑いをかみ殺した。
「ありがとう。フェレニー、そろそろ戻ろう。また、手を貸してくれるかい?」
サムは小さなフェレニーに手を伸ばした。その手をフェレニーが穏やかな笑みを浮かべてとってくれた。
対策課のほうに戻ると清本たちがサムを出迎えた。
まずレイが彼の能力で仕入れた情報を報告した。
「映画の作品の情報を仕入れると、いろいろとわかったな。村雨を握った相手は精神を無意識のうちに奪われるようだ。刀を取り上げるのが解決の手段のようだが」
レイの言葉にサムの顔が一瞬、歪んだ。
「元に、戻るのか」
「ん、ああ」
サムの反応にレイは怪訝とした顔をした。サムは、まるでそれを恐れのような歓喜を滲ませているようだ。
「私の報告はいいかしら」
「あ、ああ。すまない。そちらは」
「私のほうは、この子が」
柘榴の手には大きな目を持つ鼠がいる。多少、不気味ともいえる宮毘羅という使鬼だ。これには、透視の力を持っている。
「雨の中で、現れたようよ。赤い傘に近づいているようよ」
「場所はわかるのか?」
と、ロスが尋ねた。
「波夷羅を使えば、わかるわ」
「すぐに頼む。犠牲者が出る前に……」
サムの言葉に柘榴が笑みを浮かべて頷いた。
窓から外を見ると、まるでバケツをひっくりかえしたような雨が降っている。
通り魔が起こった場所から数メートルも離れていないところを赤い傘が進んでいく。どしゃぶりの雨のなかで、わざわざ外出しようという物好きはいないので、雨の中ではその赤い傘だけだ。
まるで視界すら奪う雨の中で、黒いものが赤い傘の前に現れる。
「待っていた」
「あら、そうなの」
凛とした声と共に赤い傘の主――ティモネが傘を捨てた。その手にはいつの間にか、彼女の身長よりも大きな鎌が握られている。
「貴方の刃と私の刃。よく斬れるのは、どちらかしら……試してみましょう?」
ティモネは単独で通り魔を止める気でいた。
サムに復讐はさせたくない。そんなことをしても悲しみしか生まれないからだ。
だったら、自らの手でこの犯人から刀を取り上げてしまおうと考えたのだ。そのためにわざと目立つ赤い傘で囮となったのだ。
ティモネは、その細身に不似合いなほどの大鎌を軽々と振る。
鎌の戦い方とは、一般的には突く、または刈り取るというものだ。
見た目からすれば、それは使うのは困難かつ、武器としては不向きに見られがちであるが、実際は、その戦闘能力は慣れた者が使えば恐ろしいほどの威力を発揮する。なによりも刀にとって鎌の相性はかなり悪い。鎌は、その性質として剣といった細身の武器を長いリーチにおいて絡めとり、武器を奪いとって相手を無力化することに長けている。
ティモネは、その使い手としては申し分ないほどの力がある。
ティモネの鎌を見たとたんに通り魔も、ティモネの鎌に気がついたらしい。慌てて後ろへと下がろうとしたが、ティモネはそれを逃さない。素早く鎌を振り下ろす。通り魔は舌打ちと共に刀を抜き、それを弾こうとした。しかし、力においてはティモネのほうが上だったらしい。弾こうとした鎌を防ぐだけでいっぱいになっている。
ティモネが鎌を持つ手に力をいれる。このまま絡めはじこうとしているのだ。だが雨のため足場も悪く視界も悪い。手に力をこめると、水にすべる。その瞬間を通り魔は逃さない。
「はぁ!」
通り魔が気合の声と共に鎌を弾いた。
ティモネの狙いはあくまで刀にある。それを弾き飛ばしてしまうつもりなのだ。
再び、鎌を振り下ろす。今度刀が受ければ、そのまま鎌で絡めて弾けばいいのだ。
鎌の一撃に通り魔は動じない。ただじっとしている。その鎌が己に触れようという一瞬に、低くかがみこむ。
「力と素早さ技も申し分ない……なにより、私と同じ匂いもする」
「っ!」
ティモネが鎌を引く。
低くある通り魔が下からティモネを狙う。
「ティモネ!」
背後から第一声にレイの声がティモネを呼ぶ。
同時にロスの炎とフェレニーの黒い影が通り魔を牽制する。
通り魔が地面を蹴り、さっと後ろへと引いた。
「間に合ったようだな」
レイがティモネの無事を確認したのち、通り魔を見る。
通り魔に、その場に集まった者たちの視線が釘付けとなる。
「多少は、楽しめた」
ティモネの鎌によって切られた合羽から灰色の雨の中でもはっきりと金色の長い髪がたれている。白い肌に女性だとはっきりわかる姿。
一同が驚いた、そして多少の予想を持った眼で彼女を見た。
「サム、約束の時間に遅刻よ」
不似合いな笑顔。
不似合いな優しい声。
サムが素早く胸から銃を取り出して構える。
その手をロスが掴んだ。隙をついてコーターが頭のパーツをサムにかぶせた。
「貴殿はウトルトラ頭を冷やすがよい。良く考えろ」
「なにを! 見ただろう。彼女は、彼女はセシルなんだ! 俺の恋人の! 俺の恋人が、こんなことになったのならば、俺が止めるしかないんだ。たとえ殺したとしても!」
サムが叫ぶ。
「早計だ。あれを見るのだ」
コーターの冷静な言葉とともにかぶせていた頭のパーツをのけた。
セシルは踊っていた。
「あなたは、いつもそうよね。ふふ、忙しいもの……ああ、遅れたのは私だったかしら、ねぇサム」
雨の中、彼女は歌うように囁き、踊る。
くるくるくる。くるくるくる。
あれほどに降っていた雨が強くとも、それをまるで気にしないというように。
いいや雨音は、音楽。
彼女のダンスのための。
「あれは、どうみても正常じゃない。リサーチした映画の村雨の所有者たちは、その村雨に精神をのっとられるっていうが」
「あれは、確かに村雨ね」
柘榴が目を細めた。
「じゃあ、犯人は村雨なのね? あれを奪えばいいのかしら」
「映画ではそうなっているが……美人は助けたいな」
ティモネが足を踏みつけた。レイが声にならない悲鳴をあげたる。
それを無視してティモネは鎌を握り締める。
「扱いが右手から、私も手伝える。特別得意というわけではないが、扱いは師に叩き込まれてる」
柘榴の右手の掌から呪刀「紅雨」があらわれる。着物が動きづらいと思われるが、柘榴の場合は着物で訓練したので、こちらのほうが慣れているのだ。
「邪魔だ。貴様たち」
セシルが囁く。
ティモネの鎌がすばやく走る、ティモネの隙を柘榴が補う。二人の攻撃をセシル――いや村雨は、避け、防ぐ。視界がはっきりしているようだが、二人の連続の攻撃に押されている。
「くくくくく、くくくく、鎌と、呪刀、よい。よいぞ。我の力、我が斬れることを示そう。お前たちに、食らわせろ。お前たちのすべてを」
ははははは、ははははは、はははははは。
セシルが笑う。そしてサムに視線を向けた。
「邪魔はさせない。雨の待ち合わせの」
サムは拳を握り締めた。
「村雨が、セシルを狂わせているというのか……」
「刀を取り上げればいいんだな。サム」
ロスが尋ねる。
「殺すんじゃなく、刀を奪えば助かるんだぞ」
「おじちゃんのしたいこと、してあげる」
フェレニーの言葉にサムは深く息を吐いた。
「……助けてくれ」
サムが呟き、顔をあげる。
「頼む、彼女を助けてくれ! お願いだ!」
愛する者が狂ってしまった。それを自分は止めることができなかった。だったら、せめて自分の手で。
だが、もし助けられるのならば、助けてほしいと声が枯れるほどにサムは叫ぶ。
「ふはははは、はははは。いいぞ。いいぞ。お前たちは、我の力をしめさせてくれる! だからこそ、我は勝つ!」
セシルが連携のとれた攻撃に村雨を下に構え、振り上げる。雨によって出来た水溜りの水しぶきがあがる。その隙を村雨は二人の間を抜けて前へと走り出る。雨に濡れているというのに、まったく重たさを感じさせない動きだ。
「己の強さしか見出せないとは……」
コーターが自分の持つ刀の一本を手に取る。――魔刀プルウィア・レペンティーナー。これは日本語では「村雨」である。
その言葉にセシルが動きをとめて、コーターを睨みつけた。
「同じ名を持ちながら、こうも違うとは、スーパー嘆かわしいことだな」
「だまれ。同じ物だと」
セシルがコーターを睨みつけた。
下段に構える。
「貴様と同じにするな!」
セシルが吼える。
「違う、違う。違う。お前と同じではない。お前、お前は、あああ、そうか。お前、気配でわかる。わかるぞ」
まるで獣のような声。
「隙は作るべきだな。あれは」
「俺に任せろ」
清本が刀を抜く。
彼のロケーションエリアが展開される。彼は自らが強いと敵に認知させ、率先して自分が襲われるように仕向けられるのだ。
全員を吟味していたセシルの目が清本に向く。
獲物を捕らえたとばかりに何も見ずにまっすぐに向かってくる。
下構えにおいて、攻撃を主とした立ち幅広く、重心を前へと攻撃の構えにたいして、清本は向かってくることがわかっていた。そして、彼は切られることを前提としていた。立ち幅狭く、腰を落とした絶対の受けの自信を持った構えだ。
セシルの村雨が清本を斬った。
清本が苦しげに、そして、ゆっくりと崩れた。見事な一撃による、受け業。
セシルの顔が人を切った快楽に歪んだ。
その隙を見逃すことはなかった。
ティモネの鎌と柘榴の呪刀が動く。それに悦していたセシルがはっと我にかえり後ろへと引こうとしたとき、足がフェレニーの影が捉えた。
「このぉ!」
セシルが苛立ちの声をあげて、刀で影を切り裂こうとするとき、ごっと炎がセシルの近くで燃え意識を逸らした。
鎌と呪刀のほぼ同時の一撃を村雨は防ごうとした。
二つの刃の重みを村雨が受ける。
「くっ、ううっ、はぁ!」
力の差にはぁ、はぁ、とセシルの息があがる。
ティモネの鎌が絡めとると、からんと、村雨が弾けとび、ころころと転がるのをレイの足が踏みつける。
「終わったか」
セシルの体がぐらりと崩れた。
「やったようだな」
レイの足の下で村雨はまったく動かない。
「くるな。危ないからな」
レイが足で村雨を踏みつけたまま言う。
「セシル……」
サムがよろよろと近くとセシルが顔をあげる。
「どうして」
不意にセシルが呟く。
かたっ。レイの足にある村雨が小さく動く。
「どうして、みんな邪魔をするの」
「セシル?」
「せっかく、サムを殺そうとしたのに」
セシルの声は、はっきりと告げる。
「寂しかったのよ。サム……あなたは、みんなに必要とされる人。私は、一人ぼっち。あなたは忙しい。私はほっておかれる」
村雨が、震える。
かたかた。
「寂しかったのよ」
かたかたかた。
レイが足元にある村雨の動きに顔をしかめた。
「くっ、村雨が」
「レイ殿、離れろ」
清本が叫ぶのに、かたっと大きく村雨が動いた。
村雨が飛び、セシルの手に戻る。
「さみしかったの。さみしかった。ひとりぼっちで、だって、あなたは私だけのサムではないの。私は、あなたのことをこんなにも必要としているのに。貴方は、ちがう。ちがう、ちがう。ちがう!」
セシルの顔がにちゃりと笑った。
「寂しかったの。サム。だったら、殺してしまえばいい。だったらあなたは追ってくれる。あなたは追ってくれる。追ってくれる! ……血、血、主に必要とされたい。主に必要とされたい。私は、主のために生まれた。主がいない。いないぃいい。あああ、あああ、強ければ、強ければ、殺せば私を必要としくれるぅううう」
寂しかった。
必要とされたかった。
彼女は寂しかった。
刀は主がいなくては存在できない。
必要としていた。
雨が降る。
雨は誰かの涙だという。その呼び方で涙雨。では、この雨は誰の涙なのだろう。
「寂しかった。寂しかった。寂しかった。寂しかった。寂しかった。寂しかった……必要とされたい。この世にあるのだから……わたしは、必要とされたい」
「……俺が死ねば、君は救われるのか。セシル」
セシルは大きく村雨を構える。サムはセシルを見上げる。まっすぐに。死ぬ瞬間すらも、視線を逸らさないように。
かたっと村雨が震えた。
セシルの瞳から涙が溢れた。
「……ちがううううう、私は、ちがぅううう! あああああ、ああああ、とめてぇえええええ! たけすてぇえええええ! サムをたすけてぇえええ! あ、あああああ! 許さない。許さない。お前だけが救われるなんて! 私はまた一人ぼっちになる! ころしてやうううう」
セシルの叫び。
村雨の叫び。
刀が振り下ろされる。
ロスがサムの前へと出た。刀の一撃をロスが怪我をすることもいとわず腕で乱暴に払った。
弾き飛ばされたセシルの前に他の者たちが阻むように立つ。
「邪魔だ。邪魔だ。お前たちは邪魔だ。邪魔だ。私の邪魔をするな。サムを殺す。殺す。殺すんだ。約束しんただ。待っていると、違う。違う。それは……ああ、お前はうるさい」
叫びをあげるセシル。
村雨とセシルは寂しさによってシンクロしていた。だが、いまセシルは戦いを恐れている。それを村雨が、今後こそのっとろうとしている。
ロスが苦い顔をしてセシルを拳で振り払い、サムを抱え込もうとするが、うまく動けないのにフェイニーが小さな手でサムの腕をとってひいた。
「おじちゃん、ここは危ない」
「サム、立て。フェイニーの言うとおりだ」
「もう、セシルを助けられないのか……?」
サムが絶望につぶやく。
コーターが前へと出た。その手には魔刀プルウィア・レペンティーナーが一本握られている。
「すまんが、ここは拙者に譲ってほしい。正々堂々と戦いたい」
コーターがまっすぐにセシルと、その腕にある村雨を見つめる。
主に欲することを願う残留思念の残った村雨。それに親近感を抱かないわけではない。
「村雨、もう、やめろ」
コーターの声に泣きじゃくるセシルの腕にある村雨が大きく揺れる。
「お前と、我は違う。違う。違うっ! お前と、我は違うっ! 貴様なんかと! お前なんかと!同じではない! 我は強い。強い。だから……主が我を求める!」
セシルにすら否定された村雨は、行き場をなくした。
乱暴に、すべてを振り払うように村雨がコーターに横から切りかかる。
コーターの魔刀が村雨の一撃を防いだ。
刀が触れ合う音。
セシルの瞳から溢れる涙。それは、本当にセシルのものなのか。
セシルの手が震える。酷使しすぎたために、その手は血まみれだ。もう刀を持つことすら困難のはずだ。
力では、もう負けているのだ。それでも受けられた一撃。
「お願い……助けて……わたしは、我は」
コーターの魔刀に重なっていた村雨の力がゆっくりと抜けていく。コーターの手が村雨をとった。セシルがふられと崩れた。全身の力を使い切ってしまったように。
村雨はもう動かない。
コーターは柘榴の元へと歩み寄った。
「柘榴殿、勝手な願いとは重々承知している。だが拙者に、この村雨を引き取らせてくれまいか?」
柘榴はじっとコーターの腕の中にある村雨を見つめた。もう動くこともなく、ただある刀に彼女は目を細めた。
「もう貴方の所に行くつもりらしいわね」
「かたじけない」
コーターが村雨を両手に握り締めた。
サムはセシルのもとにロスとフェレニーの手を借りて歩み寄った。地面に崩れてセシルは血まみれの両手で顔を覆って泣いていた。
「……私、なんてひどいことをしてしまったのかしら……私」
「もう、いいんだ。セシル」
サムがかがみこみ、セシルを抱きしめた。
「もう、いいんだよ。セシル……俺こそ、すまなかった……もういいんだ。待ち合わせに、ようやく間に合った」
抱き合い、泣きじゃくるセシルを抱擁するサム。
二人の恋人たちには、もう、雨は降ってはいなかった。
「サム、仕事のあとだ。一杯やらないか」
レイが茶化したように声をかける。サムがセシルからよろよろと顔をあげて笑った。
「大切なセシルとのデートのあとでな」
雨は止んでいた。
空は雨上がりの青空だ。
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クリエイターコメント | 参加者さまがた、今回は村雨騒動を解決してくださり、ありがとうございました。
村雨を引き取ろうというあたたかな申し出に、いろいろと迷いまして、このような結果となりました。
どしゃぶりのような雨は、セシルか、はまた村雨か、それともサムか……もっと違う、誰かの涙だったのか。そこは、みなさまのご想像におまかせします。
余談ですが、今回出てきた村雨は、なんだか女の子みたいな感じです。刀のままでも、女の子らしくスカートをはいて、しくしくと泣いていれば……と、一瞬、真剣に私は考えました。けど、そうすると、物語がまったく違うことに…… |
公開日時 | 2008-07-17(木) 18:30 |
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